ベットに体が沈む感覚で目が覚めた。 眠っちゃったんだ。 お母さんとトランクスさんの話し声が聞こえた。 それは覚えているのに、また眠ちゃったみたい。 赤ん坊の泣き声が聞こえる。 しかも、その泣き声はこちらに近づいて来ていた。 この家で赤ん坊といったら一人しか居ない。 カーブした廊下の向こうから、誰が来るのかは想像が付いていたので、トランクスは近づいて声を掛ける。 「母さ…」 ところが、視界に入ったのは子供のような膨れっ面でこちらを睨むべジータと、彼の腕の中でわんわん泣きじゃくる彼の息子だった。 呆然とそんな二人を見入ってしまったトランクスに、べジータは無言で赤ん坊を差し出してくる。 何が何だかわからないまま、その子を受け取り背中を撫でると、赤ん坊は泣き止みこそしないが大声を上げるのを止める。 ちらりとべジータを見ると、彼は面白くなさそうに何か憎まれ口を叩こうと暫く口をパクパクさせていた。 しかし、結局何も思い浮かばなかったらしく踵を反して走り去ってしまった。 仕方なくトランクスは赤ん坊を連れてブルマを捜す事になってしまった。 「何よ、あいつ。自分からトランクスの面倒見たいって言い出したくせにっ」 まだ何も言っていなかったが、ブルマには何があったか大まかわかったらしい。 「ありがとう。ごめんね。トランクス」 ブルマはトランクスの腕から、既に眠っている赤ん坊のトランクスを抱き上げた。 「いいえ」 べジータが子供の面倒を見たいなんて言い出すのだろうかと疑問を抱きつつもトランクスは微笑んでみせた。 ソファーに座りながらブルマは尋ねた。 「どうなの?悟飯くん」 「元気ですよ」 何気ない会話のはずだったがブルマは不服そうだ。 ポンポンとソファーを叩き、自分の隣に座るよう促した。 「鈍い振りしないでよ。あんた達はどうなったのって聞いたの」 突拍子もない事を言われている筈なのに、自分の顔が火照って赤くなるのがわかった。 それを聞かれるのが昨日だったら、鈍い振りではなく、鈍いままだったかもしれない。 でも今は。 「それで毎日会いに行ってるんじゃないの?」 頬を染めたまま何も言わないトランクスにブルマは詰め寄った。 「ち、違いますよ」 違うと思う。 確か違った筈。 少なくとも今日までは。 いや、どうだったろう? 「なんだ、違うの。私てっきり、あんたは悟飯くんに気があるのかと思ってた」 違いますよを真に受けた訳ではない。 むしろ逆の確信があった。 だが、真っ赤になって否定する未来から来た息子が可愛くて、ブルマはふざけてしまう。 腕の中で眠る我が子が誰かに恋をしてこんな風に照れるのはいつだろう。 「じゃあさ、何で毎日毎日通ってんの?」 見てしまったから。 今にも泣き出しそうな悟飯を。 けれど泣かなかった悟飯を。 一人、大きな樹に凭れて、泣く事も出来ずに居る悟飯を見てしまったから。 けれど。 あの時、偶然見かけたんじゃない。 いつも目で追っていたから、見る事になった光景。 切っ掛けはあった。 ずっと。 でも、恋なのかと聞かれると、どうなのだろう。 「悟飯君の事、凄く大事にしてる様に見えるけど?」 ブルマはにっと笑ってトランクスの顔を覗き込む。 「何回か泊まってきたこともあったわよねぇ」 「大切ですよ。大事にしているつもりです」 それは本当。 トランクスはゆっくりと、言葉を選ぶように答えていった。 自分にも言い聞かす様に。 「でも、悟飯さんは、まだ子供ですし、可愛いけど、そんなんじゃありませんよ」 いくつ前の質問の答えだろう? やっと言葉にしたのに、間髪入れずに返された。 「あんもまだ子供じゃない」 子供では無い等と言ってしまうと、余計に子供扱いされそうなので黙った。 「それにさ、なら、幾つなら良い訳?十五?十八?…二十歳?」 確かに。 幾つなら良いのだろう? そう言われると年齢の問題ではない様に思えた。 現に自分は、今日、悟飯に。 あの時、悟飯が受け入れてくれていたら。 そうでなくとも、何をしようとしているのかだけでもわかってくれていたら。 ちらりと表情を伺うと確信を持ったポーカーフェイスで、こちらを見据えている彼女に降参の意を表して両手を上げて見せた。 「好きですよ。今のままで充分」 「あら!?」 にっと笑うブルマの茶化しが入る前に続けた。 「ただ、悟飯さんには、まだ無理かと」 「?」 「理解できないと思うんです」 惚気はじめるかと期待した息子は意外にも深刻そうだ。 「じゃあ、待てば良いじゃない。理解出来るようになるまで」 ブルマはトランクスの背中をポンっと叩いた。 茶化してはいけなかったのかなと思いつつ。 「でも、悟飯君はあんたの事、好きだと思うけどな」 慰めているのではなく、本当にそう思ったから口にした。 「俺はこの世界の人間ではありませんから」 立ち上がりながら言うトランクスに、結局はやはりそれかとブルマは笑顔をつくった。 「あっそう」と。 そして「だから何?」と笑って見せた。 バスタブに浸かって同じ事を繰り返し考えていた。 本当に今日、気が付いたんだろうか? 本当はもっと前から。 只、子供だからと理由を付けて気が付かない振りをしてきたのかも知れない。 今となってはわからない事の様に思えた。 大人になるまでは待てない。 待ててもずっと此処には居られないから。 ちゃんと目が覚めた時、外は暗くて静かで夜中なのだとわかった。 思いっきり手を伸ばす。 届かない。 体も動かしてもっと手を伸ばす。 届かない。 もっと、もっと伸ばす。 届いたのはベットの端。 いない。 帰っちゃったんだ。 夜だしね。 頭では凄く良くわかる。 でも。でも。 「…ふぇ…ぇ…」 余計な事を言ったら、次の帰り先はきっと遠すぎる。 このまま黙っていれば、もう少し…。 ダメ。 …ダメ。 「……ぅ…」 悟飯は口に強く手を当てたまま、枕に顔を埋めた。 「…おい…おい…」 体が揺すられる感覚で目が覚めた。 眠たいながらも目を開けるとべジータの姿があった。 「トランクスは何処だ?」 「?」 寝起きにそんな事を言われてもすぐには理解できない。 「昨日預けただろう。何処だ?」 ぼんやりした頭であれを預けたと言うのだろうかと考える。 「…トランクスなら母さんに」 口に出して赤ん坊の名を呼んでみると多少の違和感を感じる。 べジータが部屋を出て行くのが見えたので、もう一度眠ろうと目を閉じた。 しかし、そこではたと気づき、目が覚めてしまった。 慌ててべジータを呼び止める。 「駄目ですよ。こんな時間に母さんを起こしたら」 肩に手をかけられべジータはあからさまにむっとした。 「二人共もう眠ってますよ」 「…」 トランクスの手を振り払うと、つかつかと開けっ放しになっている窓に近づき、そこから飛び出して行った。 眠る前に閉めたはずの窓。 きっとべジータはこの窓から入ってきたのだ。 迷惑な人だな。 けれど、思い立ったら時間なんて気にもせずに行動に出るべジータをほんの少し羨ましくも思った。 「迷惑な人だ」 声に出してみた。 何も変わらないけれど。 |