まだ、九時前だった。 いくらなんでも、こんなに早くには寝られないだろうとあきらめて起きていたが、今日に限って、既に悟飯が眠っているので、灯りを点けるわけにもいかない。 トランクスは起こさないように、そっと悟飯の髪を撫でた。 先程、悟飯が泣き出した時には、動揺してしまったが、今から思えば嬉しくもある。 悲しむ悟飯を見るのは辛いが、我慢しないで、頼ってくれるのは嬉しかったし、何より力になりたかった。 しかし、自分だけの力で持ち直し、すぐに泣き止んだのは、自分で思っている程、悟飯からの信頼を得ていないのかも知れないなどと考えてしまう。 そうは思いたくなかったが、海で悟飯に云われた事を思い出してしまった。 -トランクスさんに取ってボクは虚像ですか?- 実際のところどうなのだろう。 触れれば、暖かくて、その言動全てが愛しい。 何かあれば、力になりたいと思うし、辛い事、悲しい事、苦しい事、全ての災いから、守っていきたいと心底思う。 あどけない表情、大きな瞳で見上げられると、いつだって抱きしめたい衝動にかられる。 けれど、これが自分に取っての現実だろうか。 今すぐにでもその柔らかい髪に、小さな手に触れられる。 確かに体温を感じている。 それでも違うのだと思う。 この子は実在している。 この先、神に与えられた時間は何十年とあるだろう。 確かに実在している。 ただ、自分に取っては現実ではない。 それと同じで、悟飯に取って自分は現実になってはいけないのではないだろうか。 今の自分は悟飯に、この世界に干渉し過ぎているのではないか。 そう思ったとたん血の気が引いた。 干渉しないというのはこのままの悟飯を放っておく事だ。 母親と二人で、父親の仲間に支えられながら立ち直っていくのが自然なのかも知れなかった。 受け入れたくない。 トランクスは悟飯の小さな体を抱きしめてその髪に顔を埋めた。 わかっていても悟飯を放って置けないと思ったし、自分も悟飯と離れたくなかった。 いつまでも甘い声で名前を呼んで貰いたい。 悟飯さんに必要とされたいのは、俺が悟飯さんを必要としているからなのか? 結局トランクスが眠りに落ちたのは、雨が上がったばかりの夜明け前だった。 いつもの夢だった。 いつもと同じで灰色の濃厚な空気の中に独りだった。 ゆっくりと沈んでゆく。 やはり、昨日の続きなのか、肌寒く、空気の色はどんどん濃くなっていった。 灰色から黒へ…。 そのうち、何も見えなくなる。 そう思った。 けれど何もない独りの世界で、何も見えなくなる事が怖いだろうか? 明け方に目が覚めた。 嫌な夢をみた所為で気分が重かった。 けれど、隣のトランクスが視界に入った途端、急激にリアリティーを感じた。 現実 あの肌寒さより、繋がれたままのてのひらのこの体温が本物。 所詮、夢は夢。 目が覚めれば瞬時に消えていく。 今までそれが出来なかったのは…。 隣で眠る彼の存在の強さを実感した。 もう少し眠ろうと悟飯は目を閉じる。 あの夢をまた見てもきっともう平気だと思えた。 久々に悟飯さんに逢った。 けれど、その夢は、はじめからはっきりと、夢だと認識できてしまっていた。 平和な世界は訪れるよ 今は見えなくても、絶対に 未来は明るいよ 希望に満ちているよ だって君が居るんだもん そう云った悟飯さんは十四、五歳位だった。 聞いた事のある言葉。 「初めて会った時トランクスは、こんにちはって言っても、初めましてって言っても、あーとかうーしか言ってくれなかったんだよ」 これも聞いた事がある。 「何で?俺そんなに態度悪い子供だったんですか?」 幼い俺も云った事のある言葉で返していた。 この会話に覚えがあった。 「ううん。赤ちゃんだったから」 「…」 「君を抱っこして思ったんだ。とっても暖かい感じのこと」 「悟飯さん」 「何を思ったのかは忘れちゃったけど」 「…」 「でも、そう云うのが希望って云うんだと思う」 「?」 「あんなに小さかった君が、こんなに大っきくなって、これからもきっともっと大きくなるよ。昔は喋れなかったのに今はこうやってお話してくれるでしょう。たぶんこうゆうのも希望だよ」 一生懸命に話してくれている悟飯さんもまだ子供だった。 俺はもっと子供だったくせに、悟飯さんの左頬を右手で包んだ。 悟飯さんは俺の右手に自分の左手を重ねた。 俺は何か云おうとして… …眩しい。 トランクスはタオルケットを頭まで被ろうと引き上げたが、小さな手に制された。 「おはようございますっ」 太陽の光を浴びた、悟飯の白いシャツの裾がひらひら舞うのが視界に入った。 窓が開いているのだろう。 太陽と草の若い匂いがした。 細い腕を掴んで引き寄せると、短い悲鳴があがって小さな体が被さってきた。 そのまま抱きしめてベットに押し込めるとタオルケットを被せた。 悟飯は何がおきたのかわからないといった様子できょとんとしていた。 悟飯の腕を引き寄せた時は、もう少し眠ろうと思っていたが、ふざけていたら意識がはっきりしてきてすっかり目覚めてしまった。 「おはようございます」 云いながら顔を覗き込んだ。 「だったら起きて下さい」 ふくれている悟飯が可愛かった。 抱き起こした時にふわりとまった、真っ白いシャツが眩しかった。 これを全て現実として受けない方が不自然に思えた。
the road of wind
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