父の大きな手に頬を包まれた。 目を閉じる。 その手に自分の手を添え様とした。 けれど、避けるみたいに父の手が離れてゆく。 父の暖かい手に触れられて気付いてしまった。 本当に辛いのは、その手にもう触れられない事。 触れられないのに、その感触を今も鮮明に覚えている事。 そして、今は鮮明なその感触を、いつかは忘れてわからなくなってしまうかもしれない事。 気付いてしまった。 父が居ない事より、それが自分の所為なのが、きっと辛いのだと思っていた。 でも、ちがった。 父が居ない事が、やはり一番辛かった。 何でも良いから、父に生きて、傍に居て欲しかった。 「…お父さん」 目を開けたら、誰も居ない。 そこで目が覚めた。 喪失感。 心臓が速度を上げてバクバクと音を上げる。 誰も居ない かと思ったがそれは夢で、実際には隣でトランクスが眠っている。 きれいな、整った顔立ち。 無防備な寝顔はあどけなく、普段よりも彼を幼く見せる。 可愛い ずっと年上のトランクスに対して、そんな事を思ってしまった。 本人に言ったら気を悪くするだろうか?などと考えながら、彼を見ていたら安堵した。 誰も居ない、そんな夢とは違い、すぐ傍で眠るトランクス。 それなのに涙が出てきた。 悟飯は両手で強く自分の口を塞いで声を殺した。 どうして? どうしてお父さんは傍に居てくれないの? どうして、戻ってきてくれないの? 「悟飯さん」 寝ていると思っていたトランクスに、突然、肩を掴まれ、はっとして悟飯はパジャマの袖で涙を拭いながら顔を隠した。 泣いていた。いや、泣いている。 隠そうとはしているが、今の悟飯は誰が見ても。 だから、確認なんてしなくても、トランクスにだって泣いている事位わかっていた。 わかっていたけれど、顔を見ようと、細い腕を掴んで手を退かさせる。 悟飯は顔を見られないように俯いて、目線を逸らした。 「悟飯さん。こっち、向いて下さい」 彼にしては強引だったのは、隠れて独り、泣いて欲しくなかったから。 「…お…起こしちゃって…ごめんなさい…目が覚めちゃって…」 視線を逸らしたまま、やっとの思いで、絞り出すようにそれだけを言葉にした。 小さな悟飯が、独りで仕舞込もうとしているのが、トランクスには辛かった。 けれど、勤めて優しく、そっと悟飯を抱き締める。 「泣いて、良いんですよ」 「…」 気付かれているのは、何となくわかっていた。 けれど、そうはっきり言われてしまうと、誤魔化そうとしていた事も恥ずかしくなる。 諦めたのか、トランクスと目線を合わせた。 「…」 「でも、夜中に泣きたくなったら、独りで泣かないで、俺を起こして下さい」 穏やかに絆されて、優しくされたら、また、涙が込み上げてくる。 彼の胸に顔を埋めて、今度は声を上げて泣いた。 トランクスは強く抱き締めたい衝動を抑えて、触れるか触れないか悟飯の背中に手を添える。 月も無く、外は暗く、夜明けが遠く感じられた。 一頻り泣いたらスッキリしてしまった。 落ち着きを取り戻すと、照れ臭くて彼の顔をまともに見る事が出来ない。 「ごめんなさい、濡らしちゃって…」 トランクスの胸から顔を離すと、悟飯は恥ずかしそうに、先程まで顔を埋めていた彼のシャツを自分のパジャマの袖で拭いた。 けれど悟飯の手を、やんわりとトランクスが制する。 「悟飯さん」 トランクスは指で悟飯の髪を梳いた。 「なんか…こんな…恥ずかしい…いつからこんな…泣き虫に…なっちゃったんだろう?…」 泣き疲れたのか、悟飯は眠たそうにぽつぽつと語る。 「最初からでしょう?」 言いながらトランクスは一度、悟飯を抱き上げて、体勢を整えてから、ベットに寝かせた。 「?」 トロンとしながらもインタロゲーションマークを浮かべている悟飯に「冗談です」と微笑み、タオルケットを掛けてやると、自分も寝転がった。 「悲しいときは、良いんですよ。泣いても。悲しくて当たり前の時に、悲しんじゃいけないなんて、誰だって無理でしょう?」 掌で悟飯の瞼を撫でて、目を瞑らせた。 言い聞かせる気は無いらしく、トランクスは語りながらも、悟飯を寝かし付けようとしている。 「俺、悟飯さんを失った時、凄く泣きましたよ。脱水症状になるんじゃないかって位」 いつもなら、トランクスの口から出ると、気に掛かってしまう自分ではない悟飯さんにも今は気が付かなかった。 何を話しているのか、もうわからない。 彼の手が髪を撫でる感触だけが、現実に繋がっていた。 その感触もわからなくなる頃、トランクスは悟飯の額に口付ける。 「おやすみなさい」と。
Continuation of night The beginning of dawn
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