この星のなかで歌は鳴り響いてる



「だからなんだ」
ご機嫌斜めな訳ではない。
トランクスの見た限りベジータは何時もこうだ。
「いえ、一応ご挨拶をと思いまして」
「お前が一日位、居ようが居まいが俺には関係ないだろうが」
云う事は言って、聞いては貰えたので良い方だ。
怒ってはいない様だし長居は無用。
「はい。では」
トランクスは足早に立ち去ろうと悟飯の背中に手を添えた。
しかし珍しくもベジータに引き止められる。
「そいつも連れて行くのか?」
「え?」
何処へ?
家の中に?
プラネタリウムへ?
そこで考えが至った。
「悟飯さんは行きませんよ」
心臓の鼓動が早くなる。
誘ったら、悟飯さんはどうするだろう?
けれど現実にはそんな事出来るはずないと解していた。


「随分急ね」
ブルマは迷っていたシュガースプーンを砂糖をすくう事なく戻した。
「もう一日待たない?送別会とかしたいし」
「明日にはこちらに戻りますから」
先程ベジータに云われた事もあり、たった一日の不在をわざわざ告げに来た事を気恥ずかしく感じトランクスは頬を赤らめる。
何故悟飯を連れているのだろうという疑問が、ブルマの中で疑問でなくなった。
「だから悟飯くんも一緒なの?」
その言葉に反応して、会話に参加していなかった悟飯がブルマに視線を移す。
「いえ、今から悟飯さんとプラネタリウムに行くんです」
隣に座る悟飯の髪をくしゃくしゃと撫でる仕草が何時もより乱雑だ。

そんなトランクスを見上げる悟飯はわかってしまった。
先程トランクスとベジ−タが何の話をしていたのか。
今も同じ会話が繰り返されている。
ベジ−タやブルマは自分も未来に行くのかと勘違いし問い、トランクスは否定したのだ。
「ん?帰るんじゃないの?」
ブルマの推測は外れてしまった上に、違う疑問が生まれたので率直に訊いた。
「ええ。夜にでも」
トランクスは自分が乱してしまった悟飯の髪を、手で梳かすように撫でた。
「ライトなのね」
「すみません」
別に責めているつもりは彼女にはない。
「ううん、良いんじゃない?前はあんた、もっと詰まっちゃった顔してたじゃない。今の方が良いわよ」
突然、悟飯に視線を移すと「ねぇ」と同意を求めた。
急に振られても悟飯は反応に困ってしまう。

「…あ、あの…」
二人の会話に一段落がついたと感じ、悟飯はトランクスの服の袖を軽く引っ張った。
「はい?」
しかしトランクスをじっと見たままで次の言葉は出てこない。
トランクスは悟飯と正面に向かえる様、一度座りなおすと目線の高さを合わせて待つ。
首を傾げて悟飯の目を覗き込むと反応はあっても言葉はない。
云おうとしていることを促すが、急かさない彼のスタンス。
しかし沈黙をブルマが破った。
「人間なんて言わなきゃ何にも伝わらないんだから、遠慮しないで言っちゃいなさい」
ブルマに言われ、悟飯は丸い頬を紅色に染めて視線を外してしまう。
その言わなきゃ伝わらないことすら言えない自分を恥じての事だったが彼女はそうは思わなかった。
「何?私、邪魔?席外すわね」
ニヤニヤしながらもさっさと部屋を出ようとするブルマを引き止めたのはやっと声を出した悟飯だった。
「ち、違います。待って下さい」
別にブルマにも聞いて欲しいと思った訳ではない。
ただ、彼女の仕事場を訪れて、彼女を追い出すなんて、とんでもないと思い咄嗟に引き止めてしまったのだ。
云わざる得なくなってしまった。
トランクスに対しては甘えもあり、やはり何でもないと曖昧にする事も出来た。
しかしブルマにはそうは出来ない。
トランクスは自分にだけではなく、ブルマにまで何の話があるのか不思議に思ったが、口を出さずにそっと悟飯の肩を抱いた。
悟飯は一度トランクスの表情を覗き込むと、ちらりとブルマに目線をやってから、もう一度トランクスと視線を合わせた。
「…連れて行って下さい」

絞り出すようにそう言った悟飯に、何処へなんて訊くことは、もう、出来ない。

「悟飯さん?」
今度はトランクスが言葉を飲み込んでしまう。
無理だと断ろうと思ったが出来ないまま沈黙が続いた。
頷いてしまおうとすら何度も思った。
それも出来なかったけれど。

またもや沈黙を破ったのはブルマ。
「このお兄さんに聞いても答えられないわよ。お母さんに訊いてごらんなさい」
突然の提案に二人は同時に彼女に目を向けた。
「チチさんがOKなら良いわよね?」
平然とトランクスに同意を求める。

「…え、ええ」
頷くより他になかった。
自分が頼りなげに答えたのを縋るように見ている悟飯に気が付き、トランクスは悟飯の頬に手の甲を当て微笑む。
「チチさんが許して下されば構いませんよ」
途端ぱっと明るい笑顔を見せた悟飯を素直に可愛いと感じる。
これで良かったような気がしてしまう。
しかしブルマが電話使って良いわよと、悟飯の手を取って部屋を出て行くのを目で追いながら思っていたのは、後悔。
構わなくなんかない。


「何て顔してるのよ」
部屋に戻ったブルマの開口一番。
「だって、俺、責任持てませんよ」
「何の?」
頼りなげに話すトランクスとは対照的に、ブルマは間髪を容れずに訊き返した。
「何って…正確に明日に戻れるとは限りませんし」
「それってマズイの?少し位ズレたって良いじゃない?」
確かに。自分でも言い訳がましいような気はする。
しかし、続けた。
「何があるかわかりませんが、人造人間もまだ居て、決して治安の良い所ではありません」
「じゃあ何でOKしたのよ?」
御尤も。
自分で承諾したのだ。
悟飯は行かれる、行かれないより自分が受け入れるかどうかを気に掛けているような気がしてそうしてしまった。
自惚れだろうか。
自惚れであって欲しい。今は。
やはり連れて行くわけには行かないのだから。
言葉を失ったトランクスにブルマは追い討ちを掛ける。
「チチさんが駄目だって言ってくれるかも、とか情けない事考えてない?」
考えていないと云っては嘘になる。
他力本願。
確かに情けない。
チチに伺いを立てろと云い出したのはブルマだったが、正直あの時助かったと思ってしまった。
「帰って来れなくなったら悟飯さんが可哀相ですよ」
それが一番気になっていた。
だからそのまま素直に口に出した。
しかしブルマにはその意味するところが今一解せない。
「それって一人で行った場合?二人で行った場合?」
「え?」
何だか話がずれてしまったような気がする。
しかしブルマは詳しい説明を求めていた。

「え、あっ、だから、悟飯さんと一緒に行ってタイムマシンが壊れたり、無くしたりして、もしこちらに戻れなかったら、悟飯さんが可哀相じゃないですか。そんな事になったらチチさんにも申し訳がつきませんよ」
自分の頭の中を整理するように、ゆっくりと話した。
「普通無くすかしら?」
「こ、壊れたり…」
無くしたり、壊れたり…???
自分で云っている事に少なからず違和感を感じる。
「それをそのまま、悟飯くんに話したら?それでも行きたいかも知れないわよ?」
ブルマが捲くし立てるように詰め寄る。
「第一、何で悟飯くんが一緒に行きたいって言ってるかわかってる?」
「え?」
答える間も無くブルマは続けた。
「若いんだから、好きだったら何ヶ月も離れるの嫌じゃない?」

そこで扉が開いた。
「トランクスさん」
今までブルマと話していたペースを崩すように、舌足らずな柔らかい口調で名前を呼ばれる。
「はい?」
釣られて自分の口調も柔らかくなるのがわかる。
「お母さん、トランクスさんとお話したいって。お願い出来ますか?」
ブルマがケラケラ笑う横でトランクスは頷いた。
「そりゃそうよね」
笑いながらも見送る視線を投げるブルマにトランクスも仕方なく笑ってみせた。



今から伺いますとだけ伝えて電話を置き家を出た。
声の感じから反対している様子は微塵も感じられない。
悟飯はチチにどう説明したのだろう。
そもそも悟飯はどういうつもりなのだろう。
ブルマが云うように自分は悟飯に想われているんだろうか?
そんな気もしないではないが、幼い悟飯には恋なんて感情まだ理解出来ないのではないかと思う。
昨日からこの思考に何度繰り返し辿り着いただろう。
It's time for you to get serious

一度きちんと、向き合った方が良いな。
時期は思いの他早まったが、元々その覚悟はあったのだ。
そんな事を考えていると、助手席で床に届かない足をぱたぱた揺らしていた上機嫌な悟飯が突然あっと声をあげた。
何があったのかと思い視線を遣る。
「ごめんなさい。プラネタリウム行かれなくなっちゃった」
今の自分にとってどれ程些細な事だろう。
云われるまで忘れてさえいた。
けれど本当にすまなそうにしている悟飯に取って、未来もプラネタリウムも同じなのだろう。
事の重大性が飲み込めていないのかも知れない。
それでももう限界だと思う。


玄関の扉に掛けた悟飯の手をトランクスは制した。
「?」
「少し良いですか?」
何だかわからないままの悟飯が頷いた。
一人で行くのなら伏せておこうと思っていた。
しかし悟飯も共にとなれば、チチに会う前に言っておきたかった。
タイムマシンに何かあればその時はこちらに戻れないかも知れないと云う事を。
そしてまだ人造人間の居る、決して安全とは云えない世界である事を再確認したかった。

「俺はあなたの事が好きです」
口を開くと溢れる言葉は違うものだった。
「それでも一緒に来て頂けますか?」
けれどこれが本音なのだと自分でも驚く程冷静に受け入れられる。
人造人間の事も、治安が悪いのも、タイムマシンが完璧でない事も嘘ではないが言い訳に過ぎない。
本当は自分が悟飯を帰せなくなると云う不安。
どういうつもりであったにせよ、来てくれるのなら、例え悟飯には自分の想いなど理解出来なくとも手放せなくなる。
それを恐れていた。
今、わかった。
だから連れて行けないと強く思っていたのだと。
悟飯の瞳から涙が零れるのを見た瞬間、トランクスは自分の推察が大いに的外れだった事に気が付いた。
理解出来ないなんてとんだ思い込み。
この子はわかっている。

「連れて行って下さい」
茫然としているトランクスに、悟飯は微笑んで先程と同じ言葉をもう一度言った。

悟飯の気持ちもきっと先程と変わらない。
違うのは、今度こそ自分には迷いのない返答を返せるという事だけ。


The song is resounding in this star
November-20-2003
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