そのかたち



ゴム。
合成樹脂。


大きな音を立てて、視界に魔法を。
日常の何てことない景色を一変させる。
じめっと肌に纏わりつく空気の不快さと、何もかもを神聖なまでに洗ってゆく清からさは、生まれたての世界を思わせる。
事実。雨が降るたび世界は綺麗に洗濯される。


母に頼まれて買った雑誌を左腕に抱え、右手では傘の柄より上を握って歩いた。
バシャバシャと水を弾く足音が近くで聞こえる。
一段とその音が近づき、直ぐ横の水溜まりに空色のレインブーツが突っ込まれた。
跳ねた水から離れるように、傘を低く差した少年は反対側へ一歩避ける。
が、その直後、黄色い塊が、少年の傘に囲われ創られていた世界に侵入してきた。

「トランクスくんっ!」
ぎょっとする間もなかった。
目深に被られたレインコートで顔は見えないが、声に心当たりがある。
「なんで長靴なんて履いてんだよ?」
えへへと笑ってから、雨降っているからだよと悟天が答えた。
「そーゆー事じゃなくてさ、格好悪いじゃん」
言い乍、傘を僅か上へ放り、柄の部分に持ち直した。

「こんにちは」
その声にも聞き覚えがあった。
声の方向に目を遣れば、白地にポップな花柄のやけに大きな傘を差した悟飯が映る。
左手には布の包み抱えていた。
「…悟飯さんっ」
悟天が居るのだから悟飯が一緒に居ても可笑しくはない。
しかし跳ねた心臓と浮き上がった心で状況の把握が鈍る。
「どうしたの、こんな所で?」
それでも然程、可笑しな事は口走らずに済んだ。
「トランクスくんのお家に行くところだったんだよ」
微笑む悟飯の、傘と同じ柄のレインブーツがちらりと目に入った。
悟天との会話は聞こえて居ただろうか。
「悟飯さん、長靴格好悪い」
今更、取り繕う訳にもゆかず揶揄する。
「…濡れちゃうもん」
年上の想い人のちょっと困った顔、僅か染まる頬。
可愛いと思う。
正直に、けれどやはり揶揄する様に、今日も可愛いねと言ったら今度こそ真っ赤になった。

「荷物持つよ?」
「えっ?」
「悟飯さん傘も差してるじゃん」
悟飯がくすりと笑う。
「トランクスくんも、傘差して荷物持ってるよ?」
その笑顔に見惚れてしまってはいけない。この勝負に大事なのは余裕だと気付いたから。

「じゃあ、荷物持つから傘に入れて。それ蒸しケーキ?」
何食わぬ顔で言ったら、悟天が僕はと不服を訴えた。
「これ使えよ」
傘を差し出し乍、唇だけで「手伝え」と作った。
悟天は傘も受け取らず暫くきょとんとしていたが、急に思い当たったらしく表情を綻ばせる。
「そっか。僕持つよー」
間延びした口調で悟飯の傘に入り荷物を受け取る悟天に、今はそっちじゃないと心の中だけで指摘した。

「大丈夫?」「うん」とかやってる二人を見ながら、あいつなら上手くやるんだろうなと思い浮かぶのは、別の世界の自分。
まぁ、長期戦覚悟してますから、取り敢えず今日は雨の中を一緒に歩けただけで良し。

強がりとスタンスだけの余裕で、緩い雨が止まない様に少年は微笑んだ。


Its shape
August-13-2007
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