God does not play dice



何故、信じているのだろう。
高い高い空。
まだまだこんなに暑いのに、空は高くて、夏が遠くて、寂しいのはきっとその所為。
空っぽの心。
でも本当は、心は空っぽになったりはしない。
だから虚しいと感じているのです。



「トランクスさんっ」
自分を呼ぶ、聞き慣れたシュガーボイス。
その声の方向に目を遣ると、格好は自然と見上げるかたちになる。
声の主は、樹の枝に腰掛け、両足を交互にぶらぶらとさせていた。
目一杯、手を伸ばしても、きっとその足先には僅かに届かない高さ。
しかし、頭上の子供は「ふふっ」と微笑ってこちらに両手を伸ばしてきた。

落ちる。

そう思ったのと、実際に落ちてきたのはどちらが先だったか。
既の所で受け止めた。
いや、そもそもこちらに向かって落ちてきたのだ。
「…悟飯さん…」
呆気にとられているトランクスにはお構いなしに、また「ふふふ」と微笑う。
そして、体重をこちらに預けたまま、視線も合わさず何かを云い掛けた。
声にしなかったのは、トランクスの指先が唇を制したから。


その綺麗な長い指はゆっくりと離れていったように思えた。
替わりに触れたのは、唇。
それは本の一瞬、柔らかく触れて離れていった。
「悟飯さん、キスした事あります?」
今。
今した。
そう思うくらいには余裕があったのに、そう思ってしまう程余裕はなかったらしく、首を横に振っていた。
けれどそれで正解。
今のがはじめて。
「しちゃった」
そう云って、頬を赤らめるトランクスに、何と答えれば良いのか、どう応えれば良いのか解らず、只々彼を見つめてしまう。
「悟飯さん、かわいい」
もう一度、唇が重なった。
先程と同じようにそれは瞬刻。
しかし、その柔らかな感触は、また降りて来る。
そして同じように離れてゆく。
「好きです」
頭の回転が彼の行為と言葉についていかない。
先程、彼に止められなければ自分が口にしていた筈の想い。


初夏。

太陽は真上とは云わないが、まだ昼間のように高かった。
しかし、時は夕刻。
だから、だから理解できずに頷いてしまった。
何処へとも尋ねる事も勿論なく。
彼は、帰ると云ったのに。
いつもと違って居たのに気付けなかった。
何とも云えないその表情も、見逃してしまった。



待っているんだ。
彼が戻ってくるのを。
違う。
迎に来てくれるのを。

何度も後悔した。
きっと百万回。
何故、あの時、連れて行ってと云えなかったのかと。
何故、行かないでと云えなかったのかと。
せめて、彼が居なくなってしまう事に気が付けなかったのかと。

約束もないけれど、きっと、きっと、また逢えるはず。
信じている。
何故だろう。
唯一言。
けれど好きだと、あの声で聞いてしまったから。
信じている。

信じているから忘れられないの。忘れられないから辛いの。忘れちゃいけないから忘れないの。忘れないから心は支えられているの。

そして、また夏が来る。
期待している。
何時も期待している。
根拠もないけれど、きっとそれは、あの日と同じ暑い、暑い、何もかもが鮮やかに輝き、透明な陽射しの眩しい夏なのだと。

何故…。

けれど、何もないままに四度目の夏は通り過ぎて行った。



1
2




先程からずっと机に向かっているが、気持ちは全く勉強になど向いていなかった。
穏やかな秋の午後の景色を、開いた窓からぼんやりと眺めている。
こんな事をしていて良いのだろうかと云うもやもやに侵食された心は、遠くに見える空に、白い雲に助けを求めているのかも知れない。
その所為だろうか、僅かに音が届いた。

音?
何の?…音

それは平穏な午後には異物として浸入してきた。

何の迷いもない。
既に心は、誘う異物に囚われている。
窓に足を掛けて外へと飛び出していた。
母が見たならきっと怒るだろう。
行儀の悪い行為である事くらい解っている。
しかし、早る心には勝てない。


息急き切って走る悟飯の目に飛び込んできたのは、思い描いた通りの光景。
信じられない気持ちよりも、確信の通りであった事の高揚の方が強かった。
しかし何らかの違和感。
近付くにつれ、それははっきりとしてきた。
目に映るタイムマシンはお世辞にも綺麗とは云い難い。
…ボロボロ…
淡白な思考を最後に意識は消えていた。



(今の家に比べれば)割と都会の(これも今の家に比べればだけれど)小さな一軒家に引越していた。
そして、何時からか魔法が使える様に成っていた。
その魔法で次々とお菓子出現。
親指と人差し指だけを立てて、くるりと手首をまわせば、バナナのケーキに、チョコチップクッキー、クランベリーキャンディー、ふあふあのマシュマロ、レモンのシュークリームにピーチパイ…。
大喜びの弟の口のまわりはクリームだらけ。
母も、お家ん中をこんなにしちまってと云いながらも幸福そうな満面の笑顔。

Rat a tat

誰かが扉を叩く音が聞こえる。
はーい

Rat a tat

どなたですか?

Rat a tat

返事はなく扉を叩く音だけが続く。
仕方なく玄関の扉を開くと。
逆光。
眩しくて誰なのかはわからない。
けれど、知っている。
(…トランクスさん?)



そこで目が覚めた。
…ゆ…め…
夢。
彼だなんてただの願望。

しかし、何処までが夢だったのかが解らず、伸ばした親指と人差し指で手首をまわしてみる。
もちろん魔法なんて使えない。
起き上がる悟飯の視界にぼろぼろのタイムマシンが入ってきた。
その事でやっと明確な覚醒となる。
ああ、気を失ったんだ。
自分の身に起きた異常な事態を、意外と冷静に受け止めている。
まだ日は高い。
その事から、意識を喪失していたのは本の僅かだったと察した。

ふわりと宙に浮かぶ。
こんな事を、気を操り宙に浮くなど何年振りだろう。
しかし、目の前の壊れているようにも見えるタイムマシンをよじ登る気にはなれなかった。

息が、苦しい。
自分が震えているのがわかる。
心臓の音に支配される身体。
セルの卵。
それも、まだ、内部に居る。
羽化していない卵。

悟飯はそっと卵を抱きコックピットに座った。
そして、卵に頬を寄せる。
恐怖と困惑の対象であるその卵に。
生暖かい涙が頬を伝った。
とまらない。
まだ、何が起きたのか整理するまでには思考は働いていなかったが、ただ泣きたかった。
静かに、独りで、只々、泣きたかった。



「久しいな、悟飯」
自らの師にそんな言葉を掛けられて、悟飯は何が何だかわからなくなってしまった。
四日前に此処に来ていると云うのに、久しいとはどう云う事だろう。
タイムマシンに接した所為で、時間の概念がおかしく成ってしまったのだろうか。
それとも、実は何ヶ月も気を失っていたのか。
「ああ、そんな顔をするな」
稀にしか見せない、穏やかな微笑みでピッコロは悟飯の髪を撫でた
「先日はお前の母親と弟が一緒で、喧しく敵わなかった」
揶揄されるとは思ってもみなかったので返答に困ってしまう。
しかし、時間に対して自分がまっとうであった事に安堵した。

「これを」
悟飯は持っていた卵を差し出しす。
「預かって頂きたいんです」
何かと訊かれれば正直に答えるつもりで居た。
しかし、何故かと問われたら答えられない。
自分でもその理由は曖昧だったから。
只、それが何であっても、例えあのセルでも、無防備な卵の命を奪うなど出来ない。
しかし、あの場に放って置くのは危険だと考え、師を頼って神殿まで遣って来たのだ。

「泣いていたのか?」
しかし、尋ねられたのは別のこと。
「いいえ」
決答したが、嘘だとばれているだろう。
「…これはセルの卵なんです」
ピッコロは何も答えない。
しかし、悟飯は続けた。
「タイムマシンの中にあったんです」
淡々と話していた悟飯の様子が一変した。
俯き、肩を震わせて続ける。
「…だから、だから…タイムマシンを…これからブルマさん…タイムマシンを……」
ぽろぽろと零れる涙が、地面の色を変えてゆく。
感情がコントロール出来なくなっている。
ピッコロは悟飯の頭を掴むと、無理に顔を上げさせた。
「十四にもなって何だ、その醜態は」
一喝を食っても涙は止まるものではない。
「…ご…ごめんなさい」
それだけを振り絞るように言うと、悟飯はピッコロの掌から逃れ、走りゆく。

全体が丸い敷地の端までゆくと、たんっと音を立てて飛び立った。
その瞬刻、甲高い悲鳴と共に落下してゆく悟飯の姿があった。


大きな音がした。
その音以外は何もわからなくなってしまう程、大きな音。
落下する身体を宙で受け止められたのだ。
その音だったと思う。

「貴様!何をやっている!」
落ちた?
飛べなかった。
何で?
「…ごめんなさい」
ゆっくりとピッコロの手を離れ、ふわりとその場に浮く。
飛べなくなったのではなかった様だ。
唐突で大きくも断片的に飛び込んできた情報により、自分の手に負えなくなった心。
その心に身体が侵食されている。

「…卵を…」
「卵は処分する。いいな」
云い掛けた言葉はピッコロの決裁に制される。
悟飯は力なく頷いてから、その場を後にした。

自分で手は下せない。
しかし、処分すると云われれば、あっさりと頷いてしまう。
自分の遣り方に覚えた嫌悪感で吐き気がする。
それでも、一刻も早くカプセルコーポに向かいたかった。
そこに答えがあるとは限らなくても。



2
3




「そんな顔するの止めなさい、まだ何にも解らないじゃない」
取り乱すかとすら思ったブルマは、意外にも気丈だった。
こくこくと頷く悟飯に、取り敢えずタイムマシンを見せてと部屋を出る様促した。


「あら、本当。ボロボロね」
カプセルから戻されたタイムマシンへの第一声。
コックピットに着いた彼女はコントロールパネルに触れた。
「でも壊れてないわね、エネルギーも大分残ってる。…たぶん可能な限り過去へ来たんじゃなくて、この時代を目指して来たんじゃないかしら?或いは帰る事を想定してたんじゃないかな…」
この時代を目指して?
そうだとしてココを選んだのはトランクスなのだろうか。
それともセル。
「ああ、やっぱり。あの子が戻った時代の三年後から来てる」
ブルマはタイムマシンの中から悟飯に視線を遣した。
「どうする?」
「?」
問いの意味を解せないでいる悟飯に彼女は云い足した。
「このタイムマシンの出発点に行けるけど?」
「行きます」
きょとんとした表情のまま、しかしはっきりと言った。
「行ってもあの子が居るとは限らないわよ」
表情を曇らせこそしたが、それでも確りと頷く。
コックピットからタラップへと身体を移つし、悟飯の目の前まで来るとブルマは続けた。
「じゃあ、誰か一緒に行ってくれる人を探さないと」
「え?」
唐突な彼女の提案に驚いた。
「誰かと一緒に行った方が良いわ、私もあの子の事気になるし、見てきて欲しいけれど、君を一人では行かせられないでしょ?」

自分は急いている。
逢いたい。
この三年間ずっと変わらずに願い続けてきた。
それが今、渇望となっている。
彼に何が起きたのか。
何故、卵が、タイムマシンがここへ来たのか。
一刻も早く知りたい。
いや、自分が切望しているのは彼の無事。
一刻も早く、彼は無事だったのだと安心したい。
その可能性が希薄なのだとは思いたくない。
今、持つ全ての不安を消せなければ、壊れてしまうであろう心の行方に気が付いていた。
だから、急いている。

「でも、早く…」
「ならベジータに頼みましょう。あいつなら今家に居るからすぐ行けるし」
そう云うとブルマは、悟飯が口を挿む間もなく、内線でベジータを呼び出していた。


しかし、遣って来たのはベジータではなくヤムチャだった。
「あれ?ヤムチャ?」
「悟飯!珍しいな!久し振り」
扉が開くなり、ブルマとヤムチャの声は同時に発せられた。
「…お久し振りです」
近付いて来たヤムチャは、応える悟飯の頭をくしゃっと撫でると、悪戯っぽく笑ってみせた。
「可哀想に。ブルマに扱き使かわれてんのか?」
真に受けた悟飯はぷるぷると首を振った。
「失礼ね、あんた何してんのよ」
軽く睨めつけてくるブルマにも戯ればみ「へへっ」と笑う。
「ああ、ベジータに頼まれて」
どうやらベジータは、偶々遊びに来ていたヤムチャに面倒を押し付けたらしい。
「何よあいつ」
ブルマはむっとしていたが、「まぁあんたでも良いんだけど」と付け足して自ら流した。


「…少し、前に行くんじゃ駄目なのか?」
事の経緯を説明され、ヤムチャが発した第一声。
「そんな事しても、タイムマシンがセルに奪われた世界と、奪われなかった世界が出来ちゃうだけじゃない」
彼が頷いたので、ブルマは続けた。
「奪われない様にしたいんじゃなくて、何で此処にタイムマシンがあるのかを知りたいのよ。だから出発点に行くしかないでしょ?」
「何でって」
ヤムチャはそこで言葉を飲み込んだ。

何故タイムマシンがここにあるのか。
曾てこの世界で、自分達を襲ったセルは異次元の未来より遣って来た。
トランクスを殺しタイムマシンを奪って。
この度のセルも同じではないのだろうか。
トランクスを助けに行きたいのなら解る。
例え別々の世界に分かれてしまうだけだとしても。
けれど彼の死を確認する為だけに行くのなら酷ではないかと思う。

その沈黙にヤムチャの思考を察してかブルマが確信に触れた。
「あの子は生きてるよ。たぶん。別の世界の殺されてしまったトランクスとは条件が違うもの」
ヤムチャはブルマの手を引き、悟飯から距離を取る。
「本当にそう思うのか?だったら何で誰かを同行させる必要があるんだよ」
「だって悟飯くんがトランクスと会って、ラブラブで帰れなくなったら困るじゃない」
しらっと言ったが、彼がむっとしたので云い直した。
「もし、もうあの子が居なかったとしても、このまま不安を抱えてるより、ちゃんと自分で確認させた方が悟飯くんの為だと思うの」

長い睫の微かな動きに、いつの間にか見惚れてしまっていた。
その意味を嘗て自分は知っていた。
そして、今はもう、たぶん気付かなくて良い。

「…私もね、知らなくちゃ」
そして微笑んでみせた。
「だから、お願い」と。

「責任の重いお仕事ですね」
そう冗談交じりに笑って引き受けてしまった。
正直、何故こんな事をベジータに頼もうとしていたのか解せない。
だから考えてしまう。
ブルマはああは云ったが、実はトランクスが生きている確信に繋がる何かが在るのかも知れないと。
寧ろ、そう願わずには居られなかった。

コックピットに着いたヤムチャに新たな疑問が生まれた。
一人用?
狭い機内に一人用の座席。
どうやって二人乗るんだ?
機内を見回していると、きょとんとタラップからこちらを見ている悟飯と目が合った。
「ごめんね」
子供の様に扱って。とは口に出さずにヤムチャは悟飯を抱き上げると開いた膝の間に座らせた。
そんな事は露程も気にせずコントロールパネルにそっと細い指を添えた悟飯が肩越しに振り向いく。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「はい、バカ言ってないで出発!」
ヤムチャは取合わずさっさとハッチを閉めてしまった。
挙句、にっと笑ってブルマに手を振っていた。



3
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気持ちの悪い程、瞬息だった。
景色が急に変わった。
そうは感じたが、ここがもう未来で、しかも異次元なのだと云われてもぴんと来ない。
タイムトラベルとはこんなものなのかと思い、ヤムチャはこの世界の空を視線で嘗める。
そして、降下してゆくタイムマシンから下を覗き見た。
人が、いやトランクスが居る。
しかも、こちらを警戒している様子だった。
あまりの事に拍子抜けし、声を上げて笑ってしまった。
そんな自分をきょとんと見詰める悟飯に、ハッチの外を見るよう指で促した時、タイムマシンは地上へ着いた。


トランクスの無事を何れ程望んでいただろう。
充分な結果である事に間違いはない。
しかし、驚きと戸惑いを含んでこちらを視一視する彼の後ろには、自分が居た。
いや、正確には自分ではない。
何とも云えない四人の沈黙を破ったのはトランクスだった。
「どうして」
悟飯がトランクスの続かない言葉に応える。
「セルの卵の乗ったタイムマシンを見付けたんです。それで何かあったのかと思って、タイムマシンの出発点であるココに来てみたんです」
自分が先程まで抱えていた不安感を悟られないよう、あまり感情を含まず淡々と言葉を区切って話した。
「セルの卵?」
そう疑問を投げながら、こちらを見るトランクスの瞳にドキドキした。

三年振りにやっと逢えたと思ったトランクスは、ずっと逢いたかった彼ではない。
それは解っているし、混合するつもりもない。
それでも、懐かしい声に視線に揺く心。
それを理性で制した。

ヤムチャが悟飯に代わって説明を続けた。
「セルはお前達からタイムマシンを奪った人造人間で」
「人造人間!?」
ヤムチャの言葉に割って入ったトランクスの僅かに緊迫した表情を、悟飯は見逃さなかった。
人造人間と云う言葉への敏感な反応に、彼もやはり自分達の知るトランクスと同じく、過酷な時を過ごして来たのだと感じた。

「ああ、あんなナリだけど17号や18号と同じでDr.ゲロの造った人造人間なんだ」
「でもセルが最後の人造人間です。だから、この世界にはもう人造人間は残っていないはずです」
ヤムチャの言葉を追う様に悟飯が付け足した。
「そうですか。あなた達の世界に行った人造人間は?」
「悟飯が見つけた時には自ら卵に退化していたんだ。卵はピッコロが処分した」
そう云うヤムチャを受けて悟飯も頷いた。
「ああ、でも、お前達が無事で本当良かった。悟飯も居るって云うのは知らなかったんだけれどな」
ヤムチャはトランクスの後で先程から大人しく三人の会話を聞いていた悟飯に視線を遣った。
首を横に傾けて、きょとんとこちらを見詰める悟飯は、自分が同行して来た悟飯より幾分幼く見える。

「無事と云うか…気が付いたら乗ろうと思っていたタイムマシンがなくなっていて、上を見たらあなた方の乗って来られたタイムマシンがあったので、正直何がなんだか」
開いた両手を顔の高さまで上げて見せた。

「セルに遭遇していないのか。って云うか気が付いたらって何してたんだよ…」
それを受けて途端、頬を赤らめるニ人に、ふと思い浮かんだ疑問なんか投げなければ良かったと後悔し、悟飯をちらりと見た。
しかし、悟飯は特に何も感じていない様子。

はにかんだままの表情で、トランクスは先程から疑問に思っていた事を口にした。
「あの、お二人はどちらからいらしたのですか?」
ヤムチャと悟飯は顔を見合わせる。
どちらからと云われても、年代くらいしか答え様が思い浮かばない。
「僕がこれから行こうとしていた過去の世界とは違うようですし、幾つもの次元の異なる世界が存在するのでしょうか?」
「ああ、存在すると思う、俺たちの世界にもトランクスは遣って来た。勿論お前じゃない」
トランクスが頷いたのでヤムチャは続けた。
「アイツが居た世界とは別の世界の未来からセルも遣って来た。今回のセルとは別に。それにその子の居た世界」
嘗てヤムチャたちの前に遣って来たセルが、トランクスを殺しタイムマシンを奪った事は敢えて伏せた。
「俺達はこのタイムマシンが、三年前に俺達の世界に来たトランクスの物ではないかと考えたんだ。だからアイツに何かあったのかと思っていた」

「え?」

先程から、一度も言葉を発していなかった悟飯の漏らした声よって、三人の視線は一斉に当人に集まった。
全員がどうしたのかと悟飯の表情を覗き込む。
「あ…いえ、ごめんなさい、何でもありません」
そう云い終わるか否かの悟飯に、細い腕が差し出され同じ声が続いた。
「二人で少し話しても良いですか?」
自然と悟飯は差し伸べられた手を取る。
自分達の表情を覗き込んで来る、ニ人のそっくりな子供達に彼等は頷いて返した。

距離を取ろうと離れてゆく悟飯達の背中を見送り乍、ヤムチャがふと口にした。
「タイムマシンを770年に設定したのって」
視線でお前か?と尋ねる。
「いえ、僕は767年に」
ではセルがエイジ770年に設定したのだろうか。
この世界の770年では18号達は既に居らず、セルにとっては事足りないのではないだろうか。


トランクス達から少し距離を置いた位置で、悟飯はこの世界の自分へと身体を向けた。
「何を、さっき何を云おうとしたのか教えて?」
真剣な眼差しに思春期独特の色が混ざる。
けれど、それが解る程、訊かれている悟飯は鋭くはない。
「何も…」
それでも、そう答えた途端に失われた、異世界の自分の強い眼差しに、何かを感じた。
それが何なのかは解らない。
だから云わずに置こうと思った一言を伝えてしまう。
「…只、あなたの世界でトランクスさんは一人で帰ったのかな…と思って…」

そう。
彼は一人で帰って行った。
そして自分は彼が帰る事すら知らずに居た。

申し訳なさそうにこちらを見ている、恐らく年下であろう自分に、つくった笑顔で頷いた。
「…どうしてあなたはここに、未来に来たの?」
本当は、どうしてではなく、どうやってと訊いてしまいたい衝動を抑止しながらの質問。
「人造人間の停止装置の設計図を見つけたんです。そして人造人間を停止させる事が出来たの」
ゆっくりと思い出すかの様に話していた。
「だから、今度はこの世界の人造人間も停止する為にトランクスさんはココに戻ることになって…だから着いて来たの」

訊きたかった事と答えは少しずれている様に感じた。
けれどこれが答えなのかも知れない。
彼が帰る事となった。
だから一緒に来た。
その言葉の通り、この子にとってはトランクスと行動を共にするのは当然なのかも知れない。
この子はセルの存在を知らなかった。
ならば父の死も弟の存在も知らずに、大した迷いもなく、いや、迷う事無く彼に着いて来て居るのも理解できた。
そして羨ましいとも感じてまう。
この子は家族と離れ々々なのに。
あんなに可愛い弟に会った事もないのに。
それでも。

「あっ」
「?」
「ボク達があのタイムマシンで帰ったら困るよね、報告に行くところだったんでしょ」
急に気付いてしまった重要な問題に困惑する悟飯に、もう一人の悟飯は首を横に振ってみせた。
「ううん、使って」
そんな事を言われても困ってしまう。
自分達が乗って帰れば、この子は自分の居た時代に帰れなくなる。
「これに乗ったら、あなた達の世界の767年に着くのでしょう?」
「767年…ブルマさんは?直せないのかな?」
自分達は770年から来たのだけれど。
「いいの。きっとトランクスさんもそうしろって言うよ」
自信があるらしく、自分の手を引いて彼等の元へ戻ろうとする悟飯を制した。
「あなたは?お母さんに会いたいでしょう」
頷く悟飯は、でも報告に行くのはトランクスさんなのと笑顔で云うので何が何だか解らなくなってしまった。
何故帰らないのか。
報告に行くだけだとしても、何故この子は行かないのか。
もし、自分だったら。
自分とこの子の違い。
環境の違い。
「どうしてトランクスさんに着いて来たの?」
彼が帰ってしまう事にすら気が付けなかった自分とこの子の違い。
知っても惨めになるだけかも知れない。
それでも、如何しても訊いて置きたかった。

別人であるもう一人の自分の口から出た言葉は意外なものだった。

この子と自分の違い、それは状況何かではない。
一番大切なこと。
はっとさせられた。
突然、全てが変わってしまったように。

「好きな人と離れたままで、幸せになれる方法なんて知らない…から…」

そうだった。
そんな事は当たり前だった。
何故わからなかったのだろう。

悟飯は茫然と自分を見詰める、違う世界から遣って来た自分を、どうしたのかと覗き込む。

一筋涙が頬を伝った。
泣いているつもりはない。
只、涙が零れた。

とても永く感じたニ人の沈黙。
やがて悟飯は無言のまま膝から崩れ落ちた。



4
5




「えっ!?早っ」
戻ったタイムマシンにブルマが吃驚の声を上げた。
しかし、そりゃそうか、と自ら納得し、アイメイクを気に掛け乍ら涙を拭った。
泣いていた事を隠すつもりはないが、知られないで済むならそうしたい。
コックピットの二人の表情から察せる。
トランクスに何かあった訳では無い様だ。


時間軸の違う異世界であったことを告げるヤムチャの説明が終わるのを、先程とは一変した笑顔で悟飯はにこにこと待っていた。
そのあまりの様子にブルマは悟飯に振った。
「先に悟飯くんの話を聞いちゃおうかしら?」
ぱっと表情を輝かせる悟飯を、二人は何を云い出すのだろうと思うのと同時に可愛いと思う。
「このタイムマシンの時間軸を、トランクスさんの戻った世界に合せられる様になりたいんです」

恋する表情。

「逢いたいの、一緒に居たいんです、待っているだけでは駄目だって解ったんです、こっちから逢いに行きたいの」

恋をした力。

「だから色々教えて下さい、いっぱい頑張ります、いっぱいお勉強します、お願いします!」

自分達は別れてしまったけれど。
二度と、隣に居る愛する友人と恋をする事は無いけれど。
一緒に過ごした時間は間違いなく。

宝物だよ。

声に出して云う事もないけれど。

堰を切ったように話す、普段とは明らかに違う様子の悟飯に、うん、と頷いてしまったが、ブルマ自身タイムマシンに関する事では、大した知識や技術なんて持っていない。
それは試みた事が無いだけで、真剣に取り組めば出来る事なのかも知れないが。


しかし、その決意は無駄になってしまいう。
その夜、悟飯は庭先に、又しても現れたタイムマシンを見付けてしまったから。


何故あのタイムマシンはここに遣って来たのだろうか。
確かにこの世界には17号も18号も居る。
セルにとって事足りる世界ではあるが、彼はそれを知る由もない。
しかし、悟飯には何と無く解るような気がした。
自分はもう一人の自分に出会う必要があったのだ。
そして、それはきっと決まっていた事。

God does not play dice

コックピットから地上へと降り立った彼に聞こえただろうか。
「お帰りなさい」


July-8-2004
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