「寒ーい」 甲高く叫んだ声が届く。 寒い? 夏が近い事を頻りにアピールしている甘い空気と晴天。 水面を通ってやって来る風が心地良いくらいなのに。 疑問は抱きつつも、腰に巻いたジャケットの袖を解いた。 近づくトランクスに気付き、駆け寄った悟飯は嬉々と彼の手を取る。 「海っ」 そう言って波打ち際を指差す悟飯を、背後からジャケットで包んだ。 「ん?」 「入っても良いですか? 意外な、けれど予測出来た言葉。 「…寒いんでしょう?」 華奢な肩越しに頬と頬をくっつけた。 「悟飯さんは水に入るのが好きですね。見ているだけでは物足りませんか?」 「…え」 考えた事もなかった。 水に入るのが好き? それは、見ているだけでは足りないから? 目の前に見える海に触れられると実感したい。 映像でも絵でもないこの海が本物なのだと。 「…本当なのに…触れないと勿体無いから…」 自分の方に振り向こうとした悟飯をトランクスは海を指差し制した。 「向こうを見ていて、悟飯さん」 悟飯は云われた通りに目線をトランクスの指差す方向に移す。 「俺もそうです…でも、今なら触れられなくてもわかる」 丸くあどけない頬に唇を押し当てる。 ほんの少し戸惑ったが、そのまま軽くついばんだ。 今度こそ、こちらを向いた悟飯に、微笑んで云った。 「触れたいけれど」 耳まで紅く染めた姿はきっと自分も同じ。 柔らかな風が二人の髪を乱す。 どちらからともなく、手を取り合い歩き出した。 本当はもう知っている。 空の果て、海の果ては、遠く遠くに見える地平線よりも、もっともっとずっと彼方。 波際で小さな波が弾ける音も、真上に遣って来た太陽とその光も。 二人の傍で遠くで、夢のような現実を語る。 一際強く吹いた海風が心地良かった。 「ねぇ悟飯さん…寒いんじゃなくて涼しいんでしょう?」 思い出したように云うトランクスを見上げて悟飯は微笑った。 「…気持ち良い」
Nearer than air
February-1-2004 |