天使のオルゴオル



不安定な音程。
やけに外れた柔らかいハミング。
すぐに悟飯さんだとわかった。
俺は悟飯さんに駆け寄り、後から抱き締めた。
「ご機嫌ですね、悟飯さん」
あれ?
髪の香りが違う。
シャンプーを替えたのだろうか
抱いた体は何時もより華奢に感じる。

ああ、思い出した
…悟飯さんはもう、いない



夢…。

時計に目をやると、長針は四時をほんの少し過ぎていた。
こんなの朝でも夜でもない。
俺は時計を指先で小突いて倒した。

また、悟飯さんの夢を見た。
…いや、正確には悟飯さんの夢ではない。



ああ、この曲はこんなにコミカルな曲じゃない。

近づいてみると、思った通り、この前の悟飯さんによく似た子供だった。
その子は俺に気が付くと歌うのを止めてしまう。
そして、はにかみながら微笑んだ。
「止めないで」
俺が遠慮もなく言うと、その子はきょとんと俺の事を見て、また先程の曲を口遊みはじめた。
時折ハミングに替えて。

その子の歌を聴いていると安らげた。
何故だろう。
悟飯さんの声だから?
…違う。

暫く、歌い続けるその子の横に座って、只々、聴き入って居ると疑問が浮かんだ。
何処が違って何処が似ているのだろう?
それにしても、こんな小さな子供を何故、悟飯さんと間違えたのだろう。
よくよく見れば、間違う程には似ていない。
いや、驚く程似ている。
わからなくなってきてしまった。
こんなに幼い頃の悟飯さんの姿を、俺が記憶しているはずないのだ。
混乱してくるのも無理はないのでは。

その子はそっと俺の手をとって曲を替える。
握り返して良いものか戸惑った。
しかし、十にも満たないような子供相手に何を考えているのだろう。
手を握り返すと、その子は拗ねてしまったような表情を浮かべた。

あれ?!駄目だった?

「十一歳です」
…?
俺が呆気にとられていると、頬を桜色に染めて外方を向いてしまう。
夢だから考えている事がわかってしまうのだろうか。
なら、この子は十一歳なのか。
俺と三つしか違わないようには見えなかった。
丸い頬に細い体、ちいさな手、背丈だって俺の肩までもない。いや、もっと低いかも。
「…もぉっ…」
その子は立ち上がると走り去ってゆく。
やっぱり考えた事が伝わってしまうんだ。
何であの子の考えは俺にわからないのだろう。
とも有れ、俺はその子を追いかけた。

本気で逃げてはいなかったらしい。
すぐに追いついたし、俺が追ってきたのがわかるとその子は立ち止まった。
「ごめん…ごめんね?…」
声を掛けると、すぐに笑顔に戻って俺に抱きついてきた。
何だかわからないが人懐っこい子だな
更に何だかわからない事に、その子を抱き締めると涙が溢れてきた。

えっ!? …俺、泣くのか…

何故、泣いているのかもわからないのに、どんどん涙が溢れてくる。
その子を強く掻き抱いて、柔らかい黒髪に顔を埋めた。
「…名前を」
教えて欲しい
躊躇することなく、その子は応えた。
「ごはん」

はあっ!?



目が覚めると、母はまだ起きていた。
「おはよう、母さん」
ただ、挨拶しただけのつもりだった。
「何で起きてくるなりニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いなぁ」
息子に向かって開口一番、気持ち悪いはないだろうと思ったが、それより俺はニヤニヤしているのだろうかと云う事の方が気になった。
さっきまで泣いていたはずなのに。
夢で、だけれど。


あの子の声が今も胸に残っている。
いつかまた、歌って貰おう。
また、きっと会える気がするから。


Angel's orgel
December-14-2003
top entrance