午後の田舎の駅はとても長閑で、故郷に戻ったオレ達を穏やかに迎え入れる。 陽射しは暖かく、風は冷たい。 夏を遠くに感じるのと同じ程合いで、この駅から旅立った日を懐かしく思わせた。 まだぼんやりと眠たそうにしているアルの手を引いて駅を出る。 今まで眠らなかった為なのか、まだ身体に慣れない所為で疲れたのかアルは汽車ではずっと眠っていた。 「眠いか?」 目を開くのもやっとと云った様子で首を横に振る。 「歩けるか?」 こくんと頷くが大丈夫だろうか? 負ぶってやりたい所だが… …無理! セントラル発の汽車に乗り込み、窓際の席にアルを促し、オレは通路側に腰を降ろした。 アルがきょとんとこちらを見ていたので、どうしたかと訊ねたら、頬を染めて、隣に座れるのが嬉しいと言った。 言われてみれば、今までは向かいに座らせていた。 そんな事を言っていたアルがセントラルを発って間もなく、すぅっと瞼を閉じたので、朝の事もあり、キスを強請られているのかと思い散々葛藤した。 葛藤の末に眠っているのだと気が付いた。 眠っているなら眠っているで、気が付かないだろうと唇に触れたら、今朝とは違う柔らかな感触に堪らなくなり抱き締めた。 抱き締めたら抱き締めたで、アルの温かく柔らかな身体の何とも云えない幸福な質量に、心臓がバクンバクンと音を立てる。 鼓動の大きさでアルが起きてしまわないかと心配していたのに、礑と飛んでもない事に思い当たった。 今朝、突然にアルは身体を取り戻した。 アルが絵本を読んでいた。 お伽噺と云うか童話と云うか、子供が見る様な絵本。 「何でそんなもん読んでんだ?」 「ハッピーエンドになるってわかってるから安心なんだ」 気になって訊ねてみたら、ふふと笑ってそんな事を言う。 「アルも王子様のキスで元の身体に戻れたら良いな」 「王子様とキスなんてしないよぉ」 何だか的外れな事を言うアルが可愛くてふざけたくなる。 「兄ちゃんのキスなら?」 「そんなので戻るなら苦労しません」 真似事で口付け様としたらあしらわれる。 「何でも試してみるもんだろ」 言って、押さえ付けたら、バカ呼ばわりされてしまった。 「なんだよー。昔は、兄たーん兄たーんって自分からちゅーしてきた癖に」 「それはっ!小さい頃の話でしょ!」 予想以上に照れたアルがムキになる。それが可愛くて揶揄してみた。 「大きくなったアルはもう兄たんとはちゅーしませんか?」 「しないよ」 本気で言われたら凹みそうな一言が返ってくる。 「本当に?」 「…本当に」 ちょっと困った感じに言い淀むアルが可愛くて堪らない。 「一生?」 「………もぉ!兄さんの意地悪!」 ガシャガシャやってるアルに口付けた… …ら、 本当に生身の身体を取り戻していた。 状況を飲込めないアルが、何でと繰り返し尋いてきたが、オレにも何が何だかさっぱりわからない。 それより、アルはオレの記憶にある姿より、あちこち成長していて、手足は幾分すらっと伸び、顔付きもまだまだ幼さが残るがあの頃よりは大人びていた。 何より曲線。 アルの色んなところが丸みを帯びていたので、直視してはいけないと、宿のシーツを拝借して服を錬成した。 その丸みが自分の腕の中にある。 朝は慌てて服を着せたが下着など渡した記憶はない。 つまりアルはノーパンだ! 服がもし捲れてしまったら大変だとか、寧ろ捲ってみたいとか、どうにもならない思考が渦巻き、徒ならぬ精神力で乗り越えた。 目の届く範囲ではないが同じ車輌に人が居たのにも助けられた。 そんな事情で負ぶうのは無理。 なので、半分眠ったままのアルの手を引き歩く。 そうしていると、幼い頃に夕暮れまで遊び、疲れて眠くなったアルの手を引いて家路を歩いたのを思い出した。 何時も道の途中で眠ってしまい、結局は負ぶって帰った。 しかし、家に着くと夕食の匂いに目を覚まし、お腹空いたと笑っていた幼いアル。 仕方無い、お眠のアルを負ぶうか。 「アル」 踞んで呼ぶ。 「帰って来たんだね」とアルの声がした。 「旅に出たのがついこの前みたい、リゼンブールは変わらないね」 「起きてたのかよ」 立ち上がろうとすると背中に乗ってきた。 「うん。でも負んぶして」 「何で?疲れたか?」 言い乍らもアルを背負って歩き出す。 「ううん」 アルは上機嫌に笑う。 「あー、お前、柔らかいから兄ちゃんちょっと困る」 「えっ!?太ってる?」 凭れていたアルが急に起き上がった。 「ん、そう云うのとは違う」 「…重たい?」 また凭れ掛かってきた。 「太っちゃないって」 気になるんだろうか?朝食代わりに甘そうなもん食ってたし。 一際、強い風が過ぎる。 肌寒さを感じるのと同時に、背のアルの体温を愛おしく思う。 二度と手放したくはない。 「兄さん」 「んー?」 「背中、あったかい」
From the fairy tale
October-14-2010 |