全部



なんにも見えない。
自分で目を閉じたから。
時々、兄さんが僅かに動いた様な気配があるけど、何が起きてるんだか全然わかんない。
どうしよう。
待っていれば良いのかな。



綺麗に晴れた高い空。
からりとした空気を透かして、午前中の日差しが開け放った窓から届く。
パタンと本を閉じた音に振り向けば、なんとも云えない表情の兄さんが突然ボクの唇を指で押した。
真剣な眼差しでこちらを見たまま動かない。
もしかして、兄さん、ちゅーしたいの?
なんて考えてしまったから、恥ずかしさに顔が火照る。
そんなボクを変に思ったのか慌てて兄さんが指を離す。
嫌だ、変なこと考えたのわかっちゃったかな。

「…アル」
「…はい」
兄さんの手がボクの両肩に添えられる。
「目、瞑ってろ」
!?
兄さん。まさか。本当に、キスするの?
何も考えられなくなってぎゅっと強く目を閉じた…


…のが、随分と前。
何も起こらない。
たまに僅か兄さんが動く気配がする。
気になって、薄く目を開けてみようかと何度か考えたけど、すっごく近くに兄さんの顔がある気がして開けられない。
兄さん。ちゅーなの?違うの?何してるの?どうしよう。待っていれば良いのかな。
って何度も同じ思考が繰り返す。

何度目のリピート中だったか、ほんの一瞬、唇に柔らかいものが触れて、凄い速度で離れて行ったので、思わず目を開いてしまったら、耳まで真っ赤な兄さんと目が合った。
ちゅーした?…んだよね?
目、閉じてたから、よくわかんなかったんだ。
身体を取り戻して初めてのキスだったのに。

「アル…良いか?」
えっ?するの?もう一回ちゅーするの?
ボクが頷ずくと兄さんの傾けた顔が近付いて来る。
今度はちゃんと目を開けておかなくちゃって思うのに、兄さんが近過ぎて思わず目を閉じてしまいそうになる。
兄さん早く〜。心臓バクバク云ってる。 頑張って目を開けてるのに、なかなか兄さんはちゅーしてくれない。

「アル?」
「うん?」
「キ…キス…するぞ」
恥ずかしいからそんなにはっきり言わないでよぉ。
兄さんを確り見たままもう一度頷いた。
「アル?」
何?なに〜?恥ずかしいよぉ、早くしてよぉ。
「目閉じろよ」
へ?嫌だよ。
首を横に振って拒む。
「…開けて、たいのか?」
「うん」
僅かに戸惑った様子の兄さんが視線を外した。

「あー…うん、わかった……いや、ダメだ、駄目。閉じろよ、ほら、兄ちゃんアレだからさ」
???
「嫌だよぉ…閉じてたらよくわかんないもん」
真っ赤だった兄さんが更に茹で上った。
あれ?ボク?あれれ?変なこと云っちゃった?
兄さん動かなくなっちゃった。

「兄さん?」
呼んでみると、兄さんがゴクリと咽喉をならしてから、ボクの左耳に唇を寄せてくる。
「目ぇ瞑っててもわかる様にしてやるよ」
耳元で低く囁かれて、背筋にゾクゾクしたものが走る。
「擽ったいよ」
咄嗟に耳を押さえた手を兄さんに掴まれた。
「覚悟しろよ、アル」
なんの!?
「待って、待って兄さん!ちゅーするんじゃないの?」
「するよ」
やばい。よくわかんないけど、なんか怖い。
「兄さんっ!兄さん、兄さん」
黙ってはいけない気がして、只管声を上げて兄さんを呼んでいたら、ちょっと乱暴に抱き締められた。

「…バーカ。冗談だよ」
「…。」
何が冗談だかはわからないけれど、変な雰囲気は消えていた。

「兄さん大好き」
ちょっとだけ怖かったこともあって甘えたくなった。
見上げると、珍しく兄さんは柔らかい笑みを浮かべていた。
「アル」
優しく唇を啄まれる。
「好きだよ、アル」
瞳の奥まで覗き込んできた兄さんの姿がぼやけてくる。


風に揺れるカーテンを視界の端に、嬉しくて涙が零れてしまう程好きな人と一緒に居るのだと思い知った。


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August-24-2010
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